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No.16 アドリア海に魅せられて。

クロアチア縦断の道中。 ドルベニクからフェリーで30分ほどに位置する小さな島、フヴァル。

ここで出逢ったのが、”苫屋”を夫婦で営むYukikoさんとPauroだ。 フヴァルでの体験がいかに最高だったか?については、嫁力作の No.15 をご覧頂くとして、今回は2人の”働く”と”家族”について、僕なりに感じたことを記したい。 女将のYukikoさんは大の旅好き。 昔からバックパックでモーテルなどをハシゴし、いろんな国の人と触れ合い、語り合ってきたのだそう。 「なんでクロアチア来たんですか?」と聞くと、 「クロアチアで宿をやりたかったんですよ。この綺麗なアドリア海と、ここのヒトに魅せられちゃって。」

なんと、”クロアチアで宿”までは決めていたというから驚きw ”自分が魅せられたクロアチアで、今度は自分が誰かに最高の経験してもらいたい” そんな想いで、日本を離れ、女ひとりクロアチアを訪れた。 そんなYukikoさんが泊まり先を探し、知り合いのツテでたまたま出逢ったのが、のちのご主人となるPauro。

Pauroはクロアチア育ちで、海をこよなく愛する船乗り。世界60か国を廻り、様々な国とそこで生活する人達を見てきた人だ。 「海に囲まれた国々は、みな兄弟。差別なんかない。そこにあるのは違いだけ。」 フレンドリーというほど軽さは持たず、どこか職人気質だけど、ウェルカムでフラットな空気を醸し出す彼から言われると、なんだか心がスッとする。 ただ、Pauroが今の仕事についた時代背景は簡単には語れない。 1990年〜1993年にあったクロアチアの内戦。

セルビアとは常に領土争いを繰り返し、大戦時はナチスドイツに侵略を受けたクロアチア。クロアチア人としてクロアチアに生まれても、その地が突如セルビアと言われる。彼らのアイデンティティは、自分はどこの国で生まれたか?自分は何人か?のように単純なものではない。 このヨーロッパの成り立ちについて、彼は”Complicated”と呟く。 当時の若者は首都ザグレブの大学に行きたくても諦めざるを得ず、彼もその影響を受けた一人なのだそう。 それでも、彼からは悲愴感や卑屈さは感じない。 クロアチアの国際コンテストで金賞を受賞するという彼が丹精込めて作っている赤ワインやオリーブオイルは、素朴で、繊細だけど力強く、採れたての自家製野菜や新鮮な魚の本来の味を引き立てる。

僕らの舌は素人だけれど、港町を渡りながら”海に囲まれた国々は皆兄弟”という価値観を持った”生い立ち”や、自分の話からではなく訪れる人の話をフラットに聴き家族のようにもてなしをする”彼らしさ”を、Pauroの料理から感じた気がして、とても温かい気持ちになった。

Yukikoさんは、この島の見所を教えてくれる時「〇〇が有名だから観たほうがいい」「〇〇はお客さん皆が良いというから行ったほうがいい」という言い方は一切しない。 「あるフランス人夫婦が、フヴァルでしか獲れない最高のワインやアイスクリーム、オリーブなどを集めたショップを開いていて、そこでは商品だけでなく、現地に足を運んで聞いた生産者の哲学や想いも一緒に伝えているんです。少量だが拘りを持って生産している人たちのためにクレジットカードが使えずキャッシュオンリーですが、よければ是非」

「歩いて数分のところにビーチがあるんです。水深20mまで透き通って見えるクロアチア最高の透明度で、魚が見えます。ビーチ行く大人が、村の近所の子供達連れていくんです。ウチの娘の名前を言うとアイスクリーム2倍もらえるから子ども喜ぶし、そこで飲むコーヒーが最高なんですよ」

フヴァルならでは、ローカルならではの”体験”を届けてくれるのには、彼女の仕事に対する”静かな拘り”を感じる。クロアチアを愛し、フヴァルを愛しているからこそ、地元の自分以外のワイナリーもお勧めするのだろう。 僕らもストーリーがあるから、共感して、訪れたいと思える。そして何より、それを話す彼女はとてもイキイキしていて嬉しそうだ。 とはいえ、声高に主張するような雰囲気は彼女には一切ない。 ただ控えめに、一歩引いてお客さんへの敬意を払いつつ、フラットに、一緒にいる時間を共有してくれる。そこに、Yukikoさんの人柄が表れている気がした。

ところで彼女は苫屋の女将でもあり、一児の母でもある。5歳になる娘さんは普段、幼稚園に通っているのだそう。普段の働き方として、幼稚園の時間が終わったらどうするのか? いわゆる幼稚園や学童というものは無く、仕事から手を離せない時は”ご近所さん”が面倒を観てくれるのだそうだ。

37人の村。みんなが互いの名前を知っている。道を通り掛かれば声を掛け合い、助け合いながら生きる社会だ。

また、小さな村の宿の経営だけでは生計は十分ではない。Pauroはペンキ塗りの副業もしているそうだ。季節柄、夏に稼いで、冬はじっと耐え忍ぶ生活がここにはある。 夜な夜な飲んで語りながら、改めてYukikoさんに答えの分かっていた質問をしてみた。 「幸せですよ。同じ毎日に見えて、色んな新しい出会いや出来事もありますし。このスローライフ、大好きなクロアチアでなら、わたしは好きなんです。」

出身の岩手で地元ライフを営むのでもなく、東京に上京してバリバリ働くのでもなく、”海と人が好きだから”という想いにまっすぐに、アドリア海に囲まれた小さな島で夢を叶え続ける彼女と、その家族、そして地域の在り方に、素敵な”幸せのモノサシ”を魅せてもらった。 Kuni ▪️苫屋


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